引きこもりの今日は、フェリーニの『8 1/2』を鑑賞。(ハリウッドのミュージカル映画『NINE』はこのリメイク)
これは、創作に行き詰った映画監督の自己開示の話だと思った。映画制作はもう進めることになっているのに、8カ月もアイディアが思い浮かばない主人公グイド(マルチェロ・マストロヤンニ)。思い悩んだグイドは、何人かのガールフレンドのところにいったり、来てもらったりしているんだけど、多分奥さんに相談できないからなんだと思った。
とはいえ、スランプでも撮影を進めなくては!と制作陣から叱咤され、無理やり撮影現場に連れていかれ、記者会見もその場でしなければならない羽目になる。
グイドはギリギリまで追い詰められるものの、本人は嘘は言いたくないので、映画作るの止めます!ってことにするんです。損をするのを覚悟したんですね。そしたら逆に、「力が湧いてきた」と。だから、最後はお祭りのシーンになる。
他の人はどう思ったんだろうと思って調べたら、「幻想と現実が交錯して」とか、「グイドは記者会見中に自殺した」とか、「わけがわからない」というコメントが多くてびっくりした。私は違うと思った。「人生はお祭りだ、さあ一緒に過ごそう」っていうセリフの一部を切り取って日本人向けのキャッチコピーにしてるから、この言葉に惑わされて理解不能になってるんじゃないかな。
クリエイターは、いつもアイディアにあふれてるわけではない。それでも、いったん”名監督”と呼ばれるようになってしまったら、アイディアがあるなしに関わらずスポンサーや配給会社からはハッパかけられてしまう。一つの作品に、大勢が関わり大きなお金が動くと、なおのこと「できません!」って言えなくなる。だから、表向きは無理をしてでも笑顔で。でも心では自分自身に嘘をつくことになるので、悩む。それに耐えられなくなった人が、ドラッグやアルコールに溺れていってしまうんだと。
でも、この映画の主人公は、そこに逃げ道を作らず(先延ばしにしたけど)、「できないものはできないんだ!自分の心に嘘はつけない」って腹をくくったってことなんだと思う。
「人生はお祭りだ」っていうのは、「人生には、いいことも悪いこともなんでもあり」「常に混沌=葛藤するものであり」それも含めて全部人生なんだよっていう意味なんだと思った。
とにかく、クリエイターのスランプそのものを作品にして自分の悩みを明らかにして見せたってところが、フェリーニの凄さなんだな、と。そして、「できないときは、できない」って断っていいんだよっていうメッセージなのでは、と。クリエイターなら誰でも抱えてることだし、素直に見たら、この映画は難しくないよ。
モノクロなのに、役者とファッションの存在感も素晴らしい。
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