小学生の頃、学校の図書館に行くと必ず借りたていたのが、 「やく いしいももこ」と背表紙に書かれていた本。 子供だったこともあり、この「やく」が「訳」であることはまったく意識していませんでした。 「いしいももこ やく」とあれば、「絶対に面白い本なのだ」と思っていたのです。 受験生となってから、社会人になるまでの間は読書から離れ、 「いしいももこ やく」本からも遠ざかっていました。 ところが、ここ数年、絵本に再び興味を持ち始め数々の作品に触れるうち、 私の心をつかんで離さなくなった「いしいももこ やく」と出会ったんです。 それが、『ビロードうさぎ』。 (童話館出版) この本がきっかけとなって、再び石井桃子さんの翻訳作品を読むように。 そして、私が子供の頃夢中になったのがなぜなのかがわかりました。 それは、翻訳であると感じさせない、自然な日本語。 子供の頃の私は、どうやら「いしいももこ」さんが書いた物語だと勘違いしていたようなんです。 どんなに上手な訳でも、オリジナルの外国語は日本語とは語順が違うため、 訳された文章を読めばすぐに、「これは翻訳作品」だとわかります。 でも、石井桃子さんの訳には、そう感じさせる要素がほとんどなかったんですね。 話を『ビロードうさぎ』に戻します。 これは「クリスマスプレゼントとして小さな男の子に贈られた、ビロードのうさぎが主人公。 うさぎは、同じ部屋の木馬から「愛されると本物になれる」と聞かされたあと、 自分自身もやがて本物にのうさぎになりたいと望み始める・・・というお話。 はじめに日本語版を入手し、数年後に代官山の蔦屋でオリジナルの英語版を見つけました。 (Doubleday出版) この2冊を読み比べてみたところ、石井桃子さんは、原文にない言葉を補ったり、 逆に日本語らしく訳せない表現は原文から離れ、違う日本語に言い換えていたことがわかりました。 それによって、オリジナルに新たな命が吹き込まれ、日本語版がより輝きを増しているように 感じられます。 昨今の翻訳コンテストなどですと、意訳や原文にない言葉を補うのは減点対象なので、 そのルールに沿えば石井桃子さんの訳はすべてアウトになってしまいます。 でもルールを守って訳された本が、人の